最近、よく性差医療という言葉を耳にします。自明のことですが男女には様々の差があります。最も大きなものは外形で判断される生殖器・泌尿器系の相違でしょう。それ以外にも骨の強度や筋肉量、肺活量など一般的に男性と女性ではその平均値に差異があります。これらの男女の様々の差異によって、私達が罹患する疾患の程度や性質が異なったり、治療効果が異なったりします。
これらについて研究する学問は性差医学(せいさいがく)で、さらに、性差を念頭において行う医療が性差医療と総称されています。
私が専門にしている皮膚科学についても性差医学の基礎知識は重要です。男女差の大きい皮膚疾患、あるいは女性だけに認められる皮膚疾患や月経前に増悪する皮膚疾患、女性よりも男性に多く認められる皮膚疾患や遺伝性疾患などがあります。これらについて少しずつ解説してゆきたいと思います。
まず今回は性ホルモンと臓器としての皮膚との関係について解説します。
<皮膚と性ホルモン>
皮膚を構成する細胞として、表皮には表皮細胞(ケラチノサイト)と色素細胞(メラノサイト)があります。またその下にあって表皮を支え毛孔や汗腺などが存在する部位である真皮には線維芽細胞や血管内皮細胞などが存在しています。さらにこれらの構成細胞の周囲には、リンパ球、好中球、単球・マクロファージ、肥満細胞、ランゲルハンス細胞などという細胞が、炎症がおきれば多く、炎症がない時でも少数存在しています。これらの構成細胞と種々の浸潤細胞に対して、エストロゲン、プロゲステロン、アンドロゲンなどの性ホルモンは、個別的にあるいは協調性、あるいは相反性の作用を有して働いています。
(1)エストロゲンの皮膚への作用
エストロゲンは皮膚の老化を抑え、表皮細胞の増殖を促し、それにより傷の治りを早める方向に働きます。また、日光に含まれる紫外線や、種々の酸化ストレスによって表皮細胞が自然死することを、ある程度抑えます。
色素細胞に対してはそのメラニン色素の生成を促進します。そのためエストロゲンが高値になる妊娠中の女性においては、色素沈着(からだの種々の部位が黒ずむこと)や肝斑(かんぱん;顔にできる大型のシミの一種)の発生が増えます。
真皮においては線維を作る細胞に対して作用して、コラーゲンという線維物質や酸性ムコ多糖類やヒアルロン酸などの水分保持に役立つ物質の産生を促す作用を持っています。このことから皮膚の厚みを増し、保水力の維持にエストロゲンは大きく役立っています。さらに老化に伴う皮膚の萎縮も抑える作用を持っています。
また創傷治癒過程(傷が治る過程)において血管の新生や肉芽の形成、さらには新たに皮膚を形成する再上皮化を誘導します。また血管内皮細胞には直接的にも作用して、その増殖を促進します。これらの作用により、妊娠中にはクモ状血管腫ができたり、血管拡張性肉芽腫という血管が過剰に反応性に作られる変化が起きやすくなります。
(2)プロゲステロンの皮膚への作用
プロゲステロンは毛包に付属している皮脂腺に作用して、皮脂(あぶら)の分泌を促します。月経前には尋常性ざ瘡(ニキビ)が悪化しますが、これは月経前にプロゲステロンがぐっと上昇して、皮脂腺を刺激することが大きく関与していると考えられています。
また、エストロゲンに相似の作用として、真皮の線維を作る細胞に作用して、真皮の線維であるコラーゲン量を保ち、皮膚の厚みを保持するのにも役立っています。
(3)アンドロゲンの皮膚への作用
アンドロゲンは皮脂腺の分化、皮脂の分泌、面皰(めんぽう=コメド)の形成を増強します。皮脂の分泌は内分泌的にコントロールされていて、皮脂腺の男性ホルモン受容体に、活性の高い男性ホルモンである5α-ジヒドロテストステロン(5α-DHT)が作用して皮脂分泌を多くさせます。このため、ざ瘡(ニキビ)の発症には男性ホルモンが最も重要な役割を果たしているといわれています。
ざ瘡は俗にニキビと呼ばれ、思春期の男女の顔、胸、背中などに好発します。毛穴に皮脂と角質が詰まった面皰という小丘疹を初発疹として、毛穴に一致した赤い丘疹や黄色の膿疱を作ります。一般に女性では12〜13歳から発症し、男性では13〜14歳から発症します。重症な時期は17〜21歳といわれています。ほとんどの人は25歳頃までにかなり軽快します。ざ瘡の患者さんでは一般に、血中のテストステロンという男性ホルモンは正常ですが、前述の活性の高い男性ホルモンである5α-ジヒドロテストステロンという男性ホルモンの作用が皮脂腺局所で強い傾向にあります。これはテストステロンから5α-ジヒドロテストステロンに変換する5α−レダクターゼという酵素の活性が健常の人に比較してざ瘡の人では高いことが多いからと考えられています。このため皮脂の分泌が亢進してニキビが多くなるわけです。このざ瘡の発症や重症度には遺伝的な因子がかなり重要であることがしられています。例として一卵性双生児(双子)では、ざ瘡の範囲や重症度や面皰の数などがかなり類似することがしられています。
またアンドロゲンは、アポクリン腺という大型の汗腺からの汗の分泌を増やして、フェロモンの生成を促しているといわれています。
上記のような性ホルモンの皮膚への作用のために、皮膚が正常に心地よく保たれたり、逆に望ましくない疾患に罹患したりということがおきています。次回は性ホルモンと関連するざ瘡以外の疾患や病態についても解説したいと思います。