今回は、アトピー性皮膚炎の治療薬の中で、最近、特にその優れた効果が認識されているタクロリムス(プロトピックR)軟膏について記載します。
1) タクロリムス(プロトピックR)軟膏とは
タクロリムスは、筑波山麓の土壌から分離されたある種の菌(放線菌)が産生する物質で、免疫に関わる白血球の中のT細胞の活性化を抑えることで、優れた免疫抑制効果を発揮する物質です。病気の治療への応用は、まず臓器移植における拒絶反応(免疫反応の一種です)を抑えることから始まりました。その後、自己免疫疾患やアレルギー疾患の治療にも使用されるようになりました。分子量が822とステロイドホルモンよりは大きいものの、他の免疫抑制薬よりも小さいため、皮膚疾患の病変部に塗った際に、皮膚の上層の角層からの浸透性が良く、皮膚科ではアトピー性皮膚炎の外用治療薬として保険診療で用いられています。現在、16歳以上の成人のアトピー性皮膚炎の患者さんへの0.1%プロトピック軟膏と、2歳以上の小児のアトピー性皮膚炎の患者さんへの0.03%プロトピック軟膏とが使用されています。
2) タクロリムス(プロトピックR)軟膏の作用機序
タクロリムスはカルシニューリンという物質を阻害する作用を持っています(図1を参照)。細胞質内にあるカルシニューリンはT細胞を活性化させるnuclear factor for activated T cell-cytoplasmic (NF-ATc)とリン酸の結合体からリン酸をはずしてNF-ATcに変換する作用を有しています。その後、このNF-ATcは核膜を通過して核内でNF-ATとなって、T細胞を活性化する各種サイトカインの遺伝子の転写を促進します。タクロリムス(プロトピックR)軟膏がアトピー性皮膚炎の病変のある皮膚に外用されると、炎症部で細胞膜を通過しやすいという性質が発揮されて、表皮細胞の細胞膜を通過して細胞質の中に入ります。タクロリムスは別名をFK506と言い、細胞質内ではこのFK506(タクロリムス)とFK506結合タンパク12とが結合します。その結合体がカルシニューリンの作用を阻害します。カルシニューリンが阻害されると、NF-ATcとリン酸の結合体からの脱リン酸化が行われず、NF-ATcの核内への移行が起こらず、T細胞を活性化する種々のサイトカイン遺伝子の転写が起こらず、免疫反応が低下するという仕組みです。
主たる作用は上記ですが、その他にもアトピー性皮膚炎の患者さんの皮膚に多く浸潤していたり末梢血内で増加している好酸球という白血球の働きを抑えたり、肥満細胞からのヒスタミン(痒みを起こす物質)の遊離を抑えたり、アレルギーのもとになる抗原を提示する働きを持つランゲルハンス細胞の働きを抑えるなど、種々の免疫系への抑制効果があることも知られています。
3) タクロリムス(プロトピックR)軟膏の効果と副作用
プロトピック軟膏を皮膚に塗った場合、どの程度の効果が期待されて、どのような副作用(副反応も含めて)が現れるでしょうか?
@ 期待される効果
プロトピック軟膏の炎症を抑える力は、ミディアム(中間)クラスのステロイド軟膏よりも強く、ストロング(強い)クラスのステロイド軟膏とほぼ同程度であることが患者さんへの治験(ちけん)やその後の使用経験から判明しています。しかし、慢性化して皮膚が厚くなってしまったアトピー性皮膚炎の症状に使用した場合などには、ベリーストロング(とても強い)クラスのステロイド軟膏を外用した効果に比べて明らかに作用が弱いことが分かっています。
プロトピック軟膏は特に、潮紅(あかみ)を伴う顔面や頸部の皮疹に外用した際に、優れた効果を発揮することが知られています。それらの部位ではステロイド軟膏を外用した際の皮膚の萎縮(皮膚が薄くなること)や毛細血管拡張(皮膚の下の血管がういて見えること)が問題となっていますが、プロトピック軟膏にはステロイド軟膏が持っている細胞増殖抑制作用がないので、それらの副作用は生じません。また、ステロイド軟膏が持っているホルモン作用による多毛もプロトピック軟膏では起きません。
A 副作用や副反応
プロトピック軟膏の問題点で一番大きなものは、その皮膚刺激症状です。潮紅(あかみ)が強かったり、掻き傷がある皮膚などに外用すると、ほてり感や灼熱感(熱い感じ)、ヒリヒリ感やピリピリ感など、いわゆる皮膚刺激症状と呼ばれる状態が起きます。このような症状は一時的なもので、1週間から2週間以内にだいたい消失しますが、日光に当たったり入浴したりすることでその症状がぶり返すこともあります。この症状への対策としては最初に一度に広い範囲に外用せず、部位を限って使用してみるとよいと言われています。
次に、やはり免疫抑制剤ですので、皮膚の表面の免疫を落とし、ニキビ菌の感染であるニキビ(毛包炎)や単純ヘルペスウイルス感染である口唇部の単純ヘルペスや顔や体のカポジ水痘様発疹症というウイルス感染を起こしやすくなります。
さらに、免疫抑制作用のある紫外線(太陽光線も治療で使用する紫外線治療器からの紫外線も)と併用すると、皮膚の免疫が過剰に落ちるため、プロトピック軟膏と紫外線治療を同部位に使用してはいけないことになっています。また、プロトピック軟膏特有の皮膚刺激症状も日光を浴びることでぶり返すことも知られていますので、使用中は紫外線への十分な注意が必要です。
上記以外に、1日に外用する量についての制限がありますし、妊婦さんには使用が禁止されています。また、プロトピック軟膏を使用した後、リンパ腫や皮膚がんが発生したという数例が報告(因果関係は明らかではなく、その後も報告がないことから、通常の使用では起きないと考えられていますが)されている点など、免疫抑制剤であるということを十分に認識して外用する必要があります。
最後に、プロトピック軟膏には、ステロイド軟膏で時に問題となるタキフィラキシー(繰り返して使用することによって効果が落ちること)も起きないことが知られています。ですから、炎症が繰り返され易いアトピー性皮膚炎の患者さんへの維持療法として使用するのに、大変優れた薬剤であると認識されています。使用開始に当たっては、適切な説明をドクターからしてもらうのが良いでしょう。