I 皮膚心身症あるいは心身症性皮膚疾患
皮膚は「表現の器官」といわれる。心理あるいは情動因子が直接皮膚に反映され、冷汗をかく、赤面する、顔面蒼白になる、などの皮膚症状が容易に現れる。また、皮膚疾患は他人からも容易に観察されるため、見た目に気持ちが悪い、伝染する(のではないか?)、などの偏見の元になることがある。さらに皮膚疾患が発する臭いも捉えられ易いため、悪臭があるから近くに寄りたくないなどの理由で、他人から疎外され易い。これらのことから皮膚疾患は、他の臓器疾患よりもよけいに情動的な心理反応を呈しやすい。皮膚疾患に起因した心身症を「皮膚心身症」、あるいは「心身症性皮膚疾患」という。
皮膚科外来患者における皮膚心身症の頻度について、きちんとした統計報告は見当たらないが、ほとんどすべての皮膚疾患は、患者の心理状態に影響を与える。また、相当多くの皮膚疾患で、心理あるいは情動因子がその発症や増悪に直接関係している。そのため、情動因子の役割を無視しては、少なくとも1/3以上の皮膚科患者において、効果的な治療を行うことはできないといわれている。それらのすべてが皮膚心身症ではないが、相当数の皮膚科患者を心身症的な側面から把握しつつ治療することが求められている。
U 心身医学的診療が求められる皮膚疾患
心身医学的診療が求められる皮膚疾患を、高石・坂本が分類している(表1)1)。この分類では第一に、皮膚に発現する精神障害として、自傷性皮膚症や恐怖症および妄想などを挙げている。これらは通常の皮膚疾患とは明らかに異なる神経障害で、精神科的な加療を要するものである。
第二に、情動因子が、通常、発症または治癒の機転に重要な役割を演ずる疾患を挙げている。これらは、精神的ストレスの有無や心理社会的因子などについての問診が最も頻繁に必要な疾患で、皮膚心身症としての側面を強く有することがある。第三として、症状の増悪や再発に精神的情緒的因子の関与が認められることのあるものとして脂漏性皮膚炎や尋常性ざ瘡、乾癬などの疾患を挙げている。これらは、通常の皮膚科的治療に対する反応が悪い時に、生活指導や患者の精神的不安を取り除くなどの治療行為が、症状の改善に役立つ疾患群である。
今回は、第二群の、情動因子が重要な役割を演ずる皮膚疾患群の中から、慢性蕁麻疹、アトピー性皮膚炎、円形脱毛症について、ストレスとそれらの疾患との関連に注目しつつ、現在までの知見を示す。
(1) 慢性蕁麻疹
定義と疫学;蕁麻疹とは、膨疹、すなわち紅斑を伴う一過性で限局性の浮腫が、病的に出現する疾患である。多くは痒みを伴う。通常の蕁麻疹に合併して、あるいは単独に現れる、皮膚ないし粘膜の深部を中心とした限局性浮腫は、特に血管性浮腫と呼ばれている。蕁麻疹を生涯に一度以上発症する人間は、全人口の12%とも25%ともいわれている。有病率は人口の0.5%以下である。30〜40代の年齢層に多く、女性が男性の約2倍多く発症する。
誘因;直接的誘因(主として外因性で一過性の因子)として、外来抗原、物理的刺激、発汗刺激、食物、薬剤、運動などが挙げられている。これらの中で、成人における蕁麻疹の最も多い原因となっているものは薬剤である。一方、背景因子(主として内因性で持続性の因子)となりうるものの中に、感染や膠原病を含む種々の基礎疾患や疲労やストレスなどが挙げられている。この中で精神的ストレス(心因性の因子)は、慢性蕁麻疹の約1/3に関与しているともいわれている。
ストレスと蕁麻疹;ストレス防衛物質である副腎皮質ホルモン(コルチゾール)は、視床下部からの副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(corticotropin-releasing hormone, CRH)が、脳下垂体前葉を刺激して副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropic hormone, ACTH)を分泌させ、それが副腎皮質を刺激することにより産生される。蕁麻疹の皮膚を検討した結果では、CRHが蕁麻疹の皮膚の局所で増加していること、またCRH受容体の発現も高まっていることが確認されている。ストレスに晒された状態では、CRH依存性にマスト細胞の活性化が高まり、痒みや膨疹を起こさせるヒスタミンが放出される。このことがストレスによる蕁麻疹発生の一因になっていると考えられている。
女性ホルモンと蕁麻疹;女性ホルモンであるエストロゲンやプロゲステロンと蕁麻疹も関係がある。エストロゲンは皮膚のマスト細胞を刺激してヒスタミンを放出させる働きがある。女性のみに血管性浮腫を生じる家族例が報告されており、それらの家系の女性では、経口避妊薬の内服や、エストロゲンが上昇する妊娠に代表されるエストロゲン負荷の状態で血管性浮腫が発現する。一方、月経前のプロゲステロン期にも、女性の蕁麻疹や血管性浮腫がしばしば増悪することがしられている。
(2) アトピー性皮膚炎
定義と疫学;アトピー性皮膚炎はそう痒のある湿疹を主病変とする。増悪と寛解を繰り返しながら慢性に経過する。患者は気管支喘息、アレルギー性鼻炎や結膜炎、アトピー性皮膚炎のいずれか、あるいは複数の疾患の家族歴や既往歴を持つことが多く、IgE抗体を産生しやすい体質を有する。これをアトピー素因という。アトピー性皮膚炎の有病率は日本では小児において約10〜12%である。小学生の調査で男児12%、女児12.1%という報告があり、小児における発病率に性差はない。
アトピー性皮膚炎の増悪因子;アトピー性皮膚炎の増悪因子は多数存在する2)。アトピー皮膚はドライスキン(乾燥肌)のため、皮膚のバリア(防波堤)機能が障害されている。また、掻破という各理的刺激により皮膚が機械的に傷害されている。そのためダニや花粉などのアレルゲンが容易に表皮から真皮に到達し皮膚炎を引き起こす。また、アトピー皮膚では抗菌ペプチドの産生が低下しているため、黄色ブドウ球菌が定着している。黄色ブドウ球菌の外毒素はスーパー抗原となってT細胞を過度に活性化し皮膚炎を増悪させる。さらに、発汗、精神的および肉体的ストレス、真菌類(カンジダやマラッセチア)、外用薬などが皮膚炎を増悪させる(図1)。
ストレスとアトピー性皮膚炎;アトピー性皮膚炎のコントロールには、身体面だけでなく、心理面、社会面(生活環境面)も視野に入れることが必要である。心理社会的ストレスがアトピー性皮膚炎の発症や再燃、悪化、持続に重要な役割を果たしている場合、以下の事象が複数確認される。すなわち、1)生活上の大きな出来事(ライフイベント)が皮膚炎の発症や再燃に先行してみられる、2)日常的な心理社会的ストレスの増加や減少、持続と皮膚炎の症状の悪化や軽快、持続との間に密接な時間的関連がある、3)情動状態(抑うつ、不安、緊張、怒りなど)と皮膚炎の症状の悪化との間に強いあるいは頻繁な関連がみられる、4)ストレス状況あるいは抑うつ、不安、緊張、怒り、空虚感などによって、掻破行動が誘発されることが皮膚炎の重要な悪化要因となっている、などである。
性とアトピー性皮膚炎;成人では女性の皮膚科受診例が男性よりも多いが、発症そのものには性差はないとの見方が一般的である。しかし、アトピー性皮膚炎も喘息も女性の方が重症化率が高い。一方、通年性のアレルギー性鼻炎は男性に多い。エストロゲンはアレルギー性気道炎症を増悪させるが、アンドロゲンは改善させることが示されている。妊娠中(エストロゲン負荷状態)の喘息は、増悪、不変、改善が1/3ずつ認められる。
アトピー性皮膚炎の治療とコントロール;第一は外用治療である。外用剤の主剤は副腎皮質ステロイド薬と免疫抑制薬のタクロリムス(プロトピックR)である。ドライスキンに対する保湿剤も併用する。第二は抗ヒスタミン薬、抗アレルギー薬、副腎皮質ステロイド薬などの内服治療薬であるが、これらは外用治療への補助的治療薬である。第三は難治例に対するナローバンドUVBを用いた紫外線治療である。アトピー性皮膚炎の悪化を鎮静化させるためには、これらの治療を単独で、あるいは組み合わせて正しく施行する。並行してスキンケア(清潔、保湿、紫外線対策)を心がけ、環境の整備を行ってダニ、チリ、花粉などとの無防備な接触を避ける。また食事、ストレスの有無、睡眠などについて配慮する。アトピー性皮膚炎はアトピー素因に基づいて発症しているため、完治(キュア)よりも制御(コントロール)してゆく疾患であることを指導する。
(3) 円形脱毛症
定義と疫学;円形脱毛症は原因不明の後天性脱毛症で、先行病変、前駆症状、自覚症状などを欠く。頭部のみならず、毛髪が存在するあらゆる部位に突然コイン状(円形)の脱毛斑を生じる。臨床的に@通常脱毛型(単発型および多発型)、A全頭脱毛型、B汎発性脱毛型、C蛇行性脱毛型の四型に分類される。毛髪は成長期、退行期、休止期という毛周期(ヘアサイクル)を繰り返すため、ある一定期間成長すると自然に脱毛する(図2)が、円形脱毛症では成長期毛が突然退行期に誘導され、休止期に至って脱毛する。通常型は、数か月で治癒し、その後皮膚の萎縮や瘢痕などを残さない。半数程度の症例で爪甲の変化を合併する。
人種差はなく、全人口の0.1〜0.2%に発症すると推測されている。全年齢に発症するが、小児発症例が多く、約1/4が15歳以下で発症する。性差はない。
遺伝的背景;アトピー性皮膚炎との合併を20〜50%の症例に認め、特に重症例での合併が多い。甲状腺疾患、尋常性白斑、自己免疫性疾患(全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、重症筋無力症など)への合併が数%程度に認められる。染色体異常であるダウン症候群への合併はコントロールの60倍以上である。家族内発症が多く、特に1親等内での発症は10倍である。一卵性双生児における一致率は55%である。これらのことから浸透率が一定でない常染色体優性の多因子遺伝といわれているが、未だ責任遺伝子の同定には至っていない。
誘因;ストレス説によると、遺伝的体質を有する個体に精神的あるいは肉体的ストレスが加わると、毛包周囲でのTh1タイプのサイトカインやケモカイン(IFN-γ、IL-2、IL-1β)や神経伝達物質の分泌、さらには毛組織からのCRHの分泌などが促され、これらにより毛組織が退行期に誘導される。一方、自己免疫説によると、免疫的に寛容状態(immune privilege; IP)にある成長期毛包において、何らかの誘因によりIPが破綻し、毛包組織由来の自己抗原をターゲットとするCD8陽性の細胞障害性T細胞による自己免疫反応が起きる。自己抗原はメラニン関連蛋白の可能性があるが未同定である。実際には、ストレスおよび自己免疫の両者が作用して病態を形成している可能性が高い3)。
参考文献
- (1)立花隆夫.精神疾患,心身症と皮膚病変.最新皮膚科学大系18:p178-185,中山書店,東京,2003.
- (2)相原道子.発症・悪化因子の解明と除去(1) 皮膚科の立場から.アトピー性皮膚炎. 湿疹・皮膚炎パーフェクトマスター:p76-80,中山書店,東京,2011.
- (3)伊藤泰介.円形脱毛症の病態. 脱毛症治療の新戦略:p75-79,中山書店,東京,2011.